京都、暑い夏と独り旅
2005 Mon Aug 22 その六 坂と商店の軽薄さとの因果関係
元々、清水寺に寄るつもりはなかった。京都市街から離れているし荷物を持って坂を登るなんて考えただけで疲れる。しかし、八坂からの距離だけを純粋に考えたら、近いのも確か。それに私はまだ、お土産を買ってない。清水に至る坂にギッシリと店が並んでいるのは、小学生の頃修学旅行で訪れた時の記憶で覚えている。どれでも良いから、良さそうな京都の民俗っぽいものを買おうと思っていた。この時点では。
二寧坂で転ぶと二年以内に死ぬという言い伝えがあるのは、もちろん知っていたので、ここで転ぶと友人たちに笑われ喜ばれるのは目に見えているので、なによりも足元に気をつけた。結果、何処にも立ち寄らなかった。なかなか趣のある店ばかりで好感が持てたのは事実だ。
二寧坂も、最後の急な狭い階段を登ると三寧坂に合流する。
三寧坂では人が溢れていた。いかにも観光地という雰囲気である。ある一定量以上の人波に晒されると私の行動は一つしかない。
早足で突っ切れ、である。
せこせこと早足で坂を登り横目で店をチラリチラリと確認する。ふと、おかしなことに気付く。坂を登れば登るほど、頂上に近づけば近づくほど、店の扱うものから京都の情緒が消えていくのだ。地域限定の某有名メーカーのキャラクタ商品などはまだ良い方で、頂上付近では木刀やアイドルプロマイドを扱っていた。
当然、買う気が失せたのは言うまでもない。
清水寺の入り口に着いてもまだ、いわゆる清水の舞台がある本堂は遠い。まだ石階段を登らなくてはいけない。
パック旅行を率いているガイドさんに「暑いですよね」と話しかけられても、はっきりとした返事も出来ずにただ力ない笑みを浮かべるだけであった。
休憩がしたい。そう、まだ私は休憩せずに、ただ歩き続けていたのだ。欲は言わない。クーラーがガンガンに効いてる喫茶店を清水舞台袖に置いて欲しいと願うだけだ。
もちろん、そんなものはない。
連なったベンチが木陰に置いてあり、空いていたのでようやく一息ついた。
とりあえず汗がひくまで、水分補給し糖分を摂取した。ちなみにタブレット型の甘味製菓が大好きなので常備していたのだ。
腰を上げ本堂に向かうと料金所が。やはり。薄々思い出してた。ここは三百円の拝観料をとる寺だということを。
私は決して見晴らしの良い景色が観たいわけではなかった。清水の舞台に憧れているわけでもないし、むろん本尊の千手観音が目当てではなかった。
私の狙いは、その向こうである。
地主神社だ。
縁結びの神様として、妙齢の女性たちに人気の神様だ。
しかし、私も一人の大人の男だ。良縁を求めて……ではない。
そもそも名前を見れば、この神様が気になるのだ。『地主神社』である。なぜ地主の神が、清水寺の片隅にこじんまりと置かれているのだろうか。そこに迫害された歴史を見るのは偏見だろうか。
そもそも何故、地主神社が縁結びの神になったのか。菅原道真が学問の神様になったのは「学問を修め優秀になっても、報われなかった」からであるように、神様の定説に当てはめると「地主神社の神様自身が、縁に恵まれなかった」からである。
何の縁に? 結果を見れば一目瞭然。その土地を清水寺に奪い取られているのだ。権力と結ばれなかったのだ。
つまり私は、そういうドロドロしたモノを一目見たかったのだ。
私は三百円を払った。
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