京都、暑い夏と独り旅

2005 Mon Aug 22 その五、いなくなった牛と走るホスト

 新京極は、見るからに典型的な都会の繁華街だ。特に地元の若者が集まっていそうな雰囲気である。
 つまり観光客の私にとっては、つまらない地帯である。京都情緒0%から逃げるように南の表通り、四条通に出た。
 裏通りではなくて表通りは、本音と建前のような関係で、観光客向けの店が通り沿いに連なっていた。交通量と人の多さに辟易したので、ここは一目散に東を目指すこととした。

 そう、八坂神社だ。
 今回の京都、一番の目玉は祇園祭で有名な八坂神社であった。
 一路東へ、四条大橋で鴨川を渡っていると、料理屋と旅館の納涼床が南北に連なって見える。やはり鴨川の西側なんだなと思った。つまり西日が当たるような場所ではない。反対側には何もなかった。
 鴨川を渡って、八坂神社一つ手前の通りが花見小路通だ。いかにも京都らしい通りで歩きたかったのだが、体力の問題と京都らしい通りを見ただけで満足したという、いかにも「経験より知識を重んじる頭でっかち」の私らしい言い訳で、諦めた。
 八坂神社に着いた。
 八坂といえば牛頭天王である。この地が祇園と称されるのは、牛頭天王を祭っているからにほかならない。私は何よりも牛頭天王をお参りしに来たのである。
 しかし現在、牛頭天王社はない。仕方ないのでスサノオを参った。混合しているので少しはご利益を貰える筈だ。たぶん。ついでに末社も巡った。えびす、宇佐系、刃物、荒魂と巡った。ついでに「美貌の水」にも触れておいた。私が美男子になれなかったら、この水にご利益がなかったことを声を大にして言っておく。また何かの拍子に美男子になったとしたら、それは日頃の行いの賜物であるに違いない。
 ちなみに荒魂社の隣、ただの空き地に注連縄が。怪しい。元々何が置かれていたのか、とても知りたい。気になったが、どうしようもないので八坂神社をあとにする。
 南の正門から出ることにし下河原通を南下することにした。
 八坂神社の門の外には、焼けた肌を見せつけているランニングシャツのホストが笑ってたむろっていた。

 ホストに見えていたのは、人力車の車夫だった。その作りめいた笑顔と妙にはしゃいでいる仕草と女性にしか声を掛けない態度で、日に焼けた色黒のホストに見えていたのだ。
 京都霊山護国神社との往復に人力車が活躍しているらしい。坂の多い道を苦労なことだと思う。私には出来ない仕事だ。体力的にも性格的にも。
 軽やかなステップで登り始める人力車を横目に、私は水分を補給しながら坂道を登り始めた。
 今のところ、幕末に興味のない私は京都霊山護国神社を素通りして、二寧坂へと登り始めた。

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