京都、暑い夏と独り旅

2005 Mon Aug 22 その四、落ち武者と、すれ違えない小路

 賽銭を、幾らまでなら放るだろうか?
 私は、必ず硬貨一枚限り。百円未満なら許容範囲だ。

 住吉神社で私の所持金の中で百円未満の硬貨は二枚だけ。
 二十円だ。
 新聞記事から、この神社と対となる神社が付近に存在しているのかもしれないと考えるようになったが、辺りを見渡しても見当たらず。
 仕方ないので、本社と「人丸神社」に賽銭を投げ、拝む。
 二拝二拍一礼するほど、信心深くないので、心の中で「んじゃ、ご利益よろしく」と言う位である。

 後に「人丸神社」が人麻呂を奉った神社と分かる。文字で書くと分かりやすいが、人麻呂が訛って人丸になっただけだった。基本的に人麻呂を奉る神社は「人丸神社」らしい。唯一、京都市街にあった神社がここだったので訪れたが、郊外には大きい神社もあるようだ。

 その後、錦小路通まで北上するつもりが、気付くと御池通まで行ってしまった。プランが狂った。
 京都で大通りを通るほど味気ないものはないが、これ以上迷子になっては元も子もない。烏丸通まで東へ向かうこととする。
 辿り着いたら即、南下。姉小路通、三条通、六角通と一部マニアにはたまらない順序で通り過ぎて行き、突然、惑う。
 確かに烏丸通のような大通りを歩けば道には迷わないが、それってどうよ? と。一度でも頭に過ぎるとこのまま大通りを進んでも、負け犬の気分が付きまとう。
 ならばと、蛸薬師通で東に曲がる。
 すると、名もない小さな公園で、観光客と思える人々が虚ろな瞳で休憩している。まるで、落ち武者だ。
 ここで足を止めたら、私もあの仲間入りだと心を引き締め、たまたま目にした地図で現在地を把握し、南下して錦市場へ突入した。

 狭い。
 普通に狭い。すれ違えない。並んで歩けない。そんな狭い錦市場を通る。
 こういう他人との接触を避けられない状況で私は、何を一番気をつけるかと言うと、スリである。常に財布を入れてあるズボンの尻ポケットに指を掛け、決してサイフを抜き取られないように気をつけて歩く。とても観光どころではない緊張感である。
 しかし、やはり足腰の限界を感じる。休みたい。しかし漬物とか京野菜とか魚などの店ばかり、所々にフルーツ店やカキ氷を売っている店があるが、どれにしようか選び迷い、混雑した所では決して立ち止まらないDNAが俺を押し進める為、しかも立ち止まらずに決断しなければならない。
 結局、錦天満宮まで辿り着いてしまい、休むことなく錦市場を過ぎてしまった。

 再び戻ることは考えられず、そのままの体力、気力で新京極へ向かった。

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