第二話 「席替えしたら、友達がいなくなったんです」
ON AIR
深夜十一時五十分。
私はラジオの電源を入れた。
「はーい。今夜も始まりました『マナミの深夜の相談室』毎週火曜深夜十一時五十分から深夜十二時までの十分間の間、人生の先輩ことマナミお姉さんが、リスナーの皆の悩みにお応えするぞ。
九月に入ったけど、リスナーの皆は夏休みボケしてないかな? 大丈夫? 今頃夏休みの宿題やってないわよね? 九月になるとそこらじゅうに秋の気配が漂っているわね。実はマナミお姉さん、季節の中で秋が一番好きなのよ。……コラコラ、誰だい? どうせ食欲の秋だろってツッコんでるのわ。そりゃ否定しないけど、それだけじゃないわよ。ロマンティックだと思わない。枯葉舞う公園で一人佇んで純文学なんか読むのって。イメージ先行かしら。
さーて、今日はこれくらいにして、今からお悩み相談のハガキ読ませてもらうわね。
えーっと、岐阜県は大垣市、棚橋……あっ! ペンネーム書いてある! わー、ごめんごめん、みんな忘れてね。改めて、岐阜県大垣市のペンネーム、独りぼっちのカナリアさんからです。
『マナミお姉さん。初めまして。毎週楽しく聴かせて頂いております。(あっりがとー! 丁寧な言葉使いね)私は中学生三年の女の子です。今回初めてハガキを出します。
悩みがあるのです。
実は、突然友達が私の傍から離れていったのです。
一学期の時は、よく放課の時間など、仲の良い三人の友達が私の周りに集まって楽しくお喋りをしていたのです。といっても、殆ど私はただその友達の話を聞いているだけでしたが、それでも楽しく過ごしていたのです。
長い夏休みが終り、二学期が始まって早々席替えを行いました。
私は、今まで窓側の席でしたが今回の席替えで廊下側に移ってしまいました。
それはどうでも良い事でした。どうでも良い事のはずでした。
しかし、それ以来、友達は私の周りに来てくれなくなりました。
一学期の時は、毎日毎時間楽しくお喋りしていたのに、夏休みを挟んで二学期になると友達は誰も私に近付いてこないのです。一体、何が起きたというのでしょうか?
私には心当たりが見付かりません。また友達に問い質す事も、怖くて出来ません。
『嫌いになったから』と答えが返ってくると考えるだけで、…………。
私は、どうすれば良いのでしょうか?
また新しい友達を探した方が良いのでしょうか?
それともズバリ、原因を探した方が良いのでしょうか?
どうすればよいのか、見当もつきません。
マナミお姉さん。どうか私に良いアドバイスをお願いします。
リクエスト曲は、レベッカで『フレンズ』をよろしくお願いします』
はーい、ではいつものごとくリクエスト曲が流れている間に、リスナーの皆も彼女の悩みについて親身になって考えてあげてね。
では、リクエスト曲のレベッカで『フレンズ』」
ラジオのスピーカから、時々耳にして頭の片隅になんとなく記憶されていた曲が流れ始めた。レベッカで『フレンズ』か、おぼえとこ。
うーん。流石に、『席替え』が理由でシカトなんてことは聴いた事もないやね。二学期早々、皆に顰蹙でも買ったんじゃないかしら。例えば? 例えば……そりゃ、夏休みがあったんだから、いくらでも理由はあるもんさ。ひと夏の経験ってヤツ? キャー、はずかちい。受験生のあたいにゃ、関わりあいのない事でござんす。けっ!
おっと、いけないいけない。心がいつのまにか荒んでるよ。この前の模試の結果、良くなかったからなぁ。
裏技とかないのかなぁ? 受験の。こういう悩みもありかしら?
今度試しにハガキ出してみよう。
そうこう考えている間に曲も終り、そのまま続いていたCMも終わった。
「はーい。リスナーの皆も考えてくれたかな?
今回の独りぼっちのカナリアさんの悩み、マナミお姉さんとても考えてました。自分の人生を振り返りながら、非常に考えました。そして、一つの結論に達しました。
今回の悩み、別の側面から考えて見ました。独りぼっちのカナリアさん。いつのまにか離れていった友達は他にも居ませんでしたか? 思い出してください。今まで気にもしていなかった、思い出しもしなかった友達は居ませんでしたか? 思い出してください。どうでしょうか。いましたか。どうです? その人は、あなたの傍から離れていったのでしょうか? それともあなたがその人の傍から離れていったのではないでしょうか? なんとなく疎遠になってしまったとあなたは思うでしょうか? 相手もそう思っているんでしょうか? 今のあなたと同じ思いをしていないと言い切れるでしょうか?
今回のお悩み、マナミお姉さんから具体的なお答えはしません。
今言った私の言葉の意味について考えてください。分かりましたか? 独りぼっちのカナリアさん。それが、あなたのためになると信じてます。
ヘイ、ラジオを聞いて独りでウダウダ悩んでいる、そこのあ・な・た! お悩みの内容とリクエスト曲を書いて官製ハガキを送ってね。勿論、匿名希望もオッケイよ。恋の悩み、人間関係の悩み、進路の悩みにだって、マナミお姉さんがお応えしちゃうぞ。バンバン送ってね、バンバン! 宛先は、……。
最後に、極一部で超話題の今週のピンポイント占いコーナー。
『身支度に時間の掛かる蠍座の女の子。酒を覚えるが吉』
まっ、なんて占いでしょうか。もちろん未成年はダメね。お願いよ。
それでは時間も来ましたので、今日はこの辺で。また来週まで、バイバイ」
ラジオの電源を切った。
そういえば最近、由里っぺがよそよそしいんだよね。おしっ! 明日こっちから話し掛けてみよう。このまま、付き合いがなくなっちゃうのは嫌だもんね。
さぁすが、マナミお姉さんだよね。為になること言うんだもん。
OFF AIR
「お疲れ様でした」
ADの渡部が放送室に入り、小走りでマナミに近付く。もちろん片手には、手渡す烏龍茶も忘れていない。
「はい、おつかれさまでした。ありがとね」
マナミは笑顔で紙コップを受け取る。
「いやー、感激しましたよ。マナミさん。今回の回答は、素晴らしいです。僕にも身に覚えありますもん、いつのまにか疎遠になった友達が。そうか、あいつら、傷付いていたんだなぁ」
渡部の態度に、マナミは思わず吹き出して笑った。
「何言ってんの、渡部君。向こうも同じように、いつのまにか疎遠になったなぁって思ってるに決まってんじゃない」
「えっ、また嘘ついたんですか」
渡部はマナミから飲み干した紙コップを受け取った。
「ちょっと! 嘘って、人聞き悪いわね。ただ、汚い真実をできるだけオブラートに包んで隠してあげたんじゃない」
渡部は、マナミの笑いを聞きながら室の片隅にあるゴミ箱に紙コップを捨てた。
「んじゃ、本当のことは分かってるんですか?」
「下克上ね」
ポツリとマナミは台詞をはいた。
「下克上?」
今までの会話から予想できる単語ではなかった為、渡部は聞き返した。
「下克上。謀反。クーデター。政権交代。」
「えっと、つまりは喧嘩ってことですか?」
渡部は頬をポリポリ掻きながらマナミに訊く。
「……喧嘩ねぇ。渡部君が思っているような喧嘩じゃあないと思うけど。女の喧嘩は陰険よ」
マナミの営業用とは違う低い声に、渡部は唾を飲み込んだ。
「男の子の喧嘩って真正面からの殴り合いって感じでしょ。女の子の喧嘩は、例えるなら後ろ向いている隙に殴って知らん顔、笑顔の奥で次の手を考える、てなもんよ」
「はぁー、そんなもんすかねぇ」
「女の子は、小さい頃から集団で育ってるからね。相手倒すのに周りの評価を落としてたら意味がないわ」
マナミは断言した。
「えっと、じゃ今回の件は?」
「つまりは、仲良しグループに彼女に取って代わってリーダー格に収まった奴がいるんじゃないかってこと。他の人の話を聞いているだけなのに彼女の周りに人が集まるんだから、彼女はその集団のリーダーだったと思うわ。仲間内の誰かが、自分が一番になりたいが為に彼女を除け者にしたのね。」
「え、そんなことで。友達をなくすんですか?」
渡部は、拍子抜けした声をあげる。
「幼稚園児だって、遊ぶ時は、イニシアチブのとりあいになるのよ。中学生ぐらいなら、ないほうが不思議よ」
「そうですか。それならば少し可哀想ですよね、彼女」
渡部の同情心を、マナミは鼻で笑った。
「いいのよ。どんなに傷ついたところで、『これも人生勉強の一つよ。良い経験になったわ』って自分をごまかす事が出来るんだから。若いって、それだけで特権を持っているようなもんよ。この年になるとそれが妬ましくなるわね」
「なにか、いやな事でもあったんですか?」
渡部は、マナミの機嫌を損ねないように恐る恐る尋ねた。
「……友達の結婚式。今年だけで、これで五回目よ。置いてけぼり食らわされた気分よ」
「それはそれは、……ご愁傷様です」
果たしてその言葉が良いのかどうか分からなかったが、とりあえず渡部はマナミを慰めようと声をかけた。
「今夜、とことん飲みたい気分なの。渡部君、付き合ってくれる?」
酒豪のマナミに付き合って飲むことを考えると、地獄を見るような思いであったが、渡部の立場では断れるわけもなかった。
OFF AIR PART2
渡部は、働いている放送局の一階にある喫茶店で、次回放送分のリクエストハガキを仕分けしていた。彼の前のテーブルには、数多くのハガキが散乱していて、注文したコーヒーがその陰に隠れていた。
そのハガキの中には、先週の放送内容に触れた感想もちらほら見られた。それで、渡部は、妹の事を思い出した。
この一番、受験生として切羽詰っている時期に、一心不乱に勉強に励んでいるクラスメイトに、チョッカイをかけて顰蹙を買ってしまった事を。
確固とした自己を未だ持てない少年少女にとって、輝き示された答えほど受け入れやすいものはないのだろう。だから、誰も疑問にも思わず影響される。
渡部は無意識に舌打ちをし、ハガキの仕分けを続けていく。
気になるハガキを見つけた。
「先週の放送聞いていて気付いた事があるんです。先週のリクエストハガキ、出したのは私のクラスの同級生、棚橋由香里ではないですか?
住所も付近で、マナミさんのミスでうっかり名字が読まれたので気付く事が出来ました。そして何より、リクエストハガキに書かれた悩みに思い当たるふしがあるのです。
でもそれは、誤解なのです。事実とはかけ離れていた彼女の妄想に過ぎません。
もともと私達は、彼女とは友達でもなんでもないんです。
いつも放課になると、私達は私の席の周りで喋っていました。たまたま私と彼女の席が前後していたので、放課の時間一人で何もせずに席に付いている彼女が傍目から見ると私達の友達の一人に思われていたかもしれません。
そして彼女自身も、ずーっと私達の会話を聞いていて、友達になったつもりでいたのかもしれません。ただ私の席の周りに、友達が集まっていたに過ぎないというのに。
席が行われた後も、彼女を追い出したのではなく、ただ単に彼女と私の席が離れてしまっただけです。私達は彼女の周りで会話するのでなく、私の席の周りで会話するのですから。
まるで、私達が彼女を除け者にしたように言われていたので、それは事実とは違う事を教えたくて、私もハガキを出しました。
マナミさん。リスナーの皆にも真実を話して欲しいのです。よろしくお願いします」
渡部は、ジーンズのポケットから煙草を取り出し口にくわえて、一緒に取り出したライターで火を点けた。
なるほど、辻褄は合う。そしてこのハガキに書かれた先週読んだリスナーの名前もピタリ一致しているように思える。渡部は先週の記憶を頭の片隅で思い出しながら煙を大きく吐いた。
このハガキに書かれた事を信じるならば、つまるところ、悩みは『独りぼっちのカナリア』が寂しさのあまり生み出した幻想であったということだ。
渡部は、吸う所も残りわずかとなった煙草を灰皿に押し付けた。
マナミさんはこのハガキを喜んで読むだろう。ここには、密の味がする他人の不幸が感じられるから。決して放送中に読まれるハガキではないが、個人的に読んでもらおう。
渡部は、例のハガキを他のハガキの山とは別のところへ置いた。
第二話終り
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