第一話 「前の席の男子がチョッカイをかけてくるんです」

   ON AIR

 深夜十一時五十分。
 私はラジオの電源を入れた。
「はーい。今夜も始まりました『マナミの深夜の相談室』。毎週火曜深夜十一時五十分から十分間の間、人生の先輩ことマナミお姉さんが、リスナーの悩みにお応えします。
 皆はもうすぐ夏休みに入るのかな? 受験生は、今が頑張りどころだよね。勉強しながらラジオ聴いてるんだろうな。頑張れ! マナミお姉さんも応援するぞ! 実は、私も大人になってから後悔してるんだよね。もっと、勉強すればよかった、てね。リスナーの皆は、私みたいに後悔しないで今を一生懸命、生きるんだぞ。
 それにしても最近、暑苦しいよね。地獄の灼熱地獄に住んでいるみたいじゃない? 知らないかな、最近の子は? 私が子供の頃は、よくお爺ちゃんやお婆ちゃんが地獄の事をこと細やかに教えてくれたのだけれど。勿論、最後には『だから悪い事しちゃ駄目よ』って締めくくられたんだけど。分からないかな? 針山地獄とか、血の池地獄とかさ。……どう、ラジオの前の皆、少しは涼しくなったかな。『こんな涼しさはいらない!』って、言われちゃうか。
 さて、前置きはこの辺にしておいて、今日のお悩み相談にいくね。
 えーっと、愛知県は名古屋市、匿名希望の女子さんからのお悩みね。
『マナミさん、こんばんわ。いつも楽しく聴いています。(ありがとね!)少し聞いて欲しい事があるんです。私、高校二年の女子高生なんですけど、前の席の男子生徒がいつもいつも、チョッカイかけてくるんです! 事あるたびに、丸刈りの頭がくるりと回って、こっちを向くんです。私、よく他人に辞書を貸すんです。彼に、この前なんか英和辞典貸してあげたら、落書きされて返って来て、もう台無し! それに私、ちょっと前歯が出てるんです。私がその事、気にしているの知っているくせに「ウサギ、ウサギ」って呼んで、喜んでいるんです。チョーむかつく! そんな事が毎日続くんです。もうウンザリ! マナミさん、この男子のチョッカイを防ぐ良い方法ってないですか? 止めてくれって言っても聞いてくれません。どうか良い方法を教えてください。困っているのです。
 リクエスト曲は永井真理子の『Miracle Girl』でお願いします』
 はーい、ではリクエスト曲が流れている間に、リスナーの皆も彼女の悩みの解決法について考えてあげてね。私も考えておくわ。
 では、リクエスト曲の永井真理子、『Miracle Girl』」
 ラジオのスピーカから、よく小学生の頃、耳にした女性シンガーの声が流れ出した。
 私は、ペンを置き軽く背を伸ばす。
 うーん、そりゃその男子、彼女に気があるに決まってる。じゃなきゃ、男子は女子を相手にもしない。思春期の男子なんて正直なもんよ。一言、「嫌い」って言ってあげなさい。そうすれば、その丸刈り君だって、二度と彼女にチョッカイかけようなんて思わないから。
 自信を持って言えるね。だって私も似たようなもんだもん。前の席の男子がチョッカイかけてくるんだ、これが。私は軽くあしらっているけど。大体、汗臭い体育会系の男なんて私の趣味じゃないし。やっぱり木陰で詩集なんか涼しげに読んでる、清潔感溢れる文系美少年よね。まぁ、歌って踊れるジャニーズ系も捨てがたいんだけど。
 そうこう考えている間に、曲も終わってそのまま続いたCMも終わった。
「さぁ! リスナーのみんなも考えてくれたかな。マナミお姉さんも考えたよぉ。匿名希望の女子さん。私の答えを言うね。
 あなたは、前の席の男子の事を好ましく思っているはずです。付き合っちゃいなさい。
 ええーっ!……と、ラジオの前のリスナーの声が聞こえてきそうだわ。
 うんとね、私は思うんだけど、辞書に落書きをされたって言うけど、彼がした現場――まるで犯罪みたいねこの言い方――を目撃しているのかな。違うでしょ。もしかすると前に貸した子が書いた落書きかもしれないじゃない? 決め付けているんだよね。つまりあなたは前の席の男子を意識しすぎているんじゃないかな。それに嫌いな子だったら、私に相談なんかしないで結論は出るはずだと思うのよ。それこそ、無視すればよい話でしょ。辞書だって貸さないだろうし。好きな子に自分のコンプレックスを指摘されれば、誰だって落ち込んじゃうよね。
 それに加えて、あなたのリスエスト曲! これはばっちり、恋する女の子の為の歌だと私は思います。無意識のうちに選んだんじゃないかしら? だから私は答えを出しました。
 匿名希望の女子さん。前の席の男子に、告白しちゃいなさい。たとえ断れようと、気持ちはすっきりするはずよ。がんばってね。
 今回は、悩みの答えからずれたものになってしまったかな? まあ、いいや。これがマナミお姉さんの答えだよー。
 ヘイ、ラジオを聞いて独りでウダウダ悩んでいる、そこのあ・な・た! お悩みの内容とリクエスト曲を書いてハガキを送ってね。勿論、匿名希望もオッケイよ。恋の悩み、人間関係の悩み、進路の悩みにだって、お応えしちゃうぞ。バンバン送ってね。宛先は、……。
 最後に、一部で超話題の今週のピンポイント占いコーナー。
『そこの少女趣味の野球部員。迅速な決断が良い結果をうみます。善は急げ』
 それでは時間も来ましたので、今日はこの辺で。また来週まで、バイバイ」
 ラジオの電源を落とした。
 うーん、その答えは出せないなぁ。流石、マナミお姉さんと言っておこう。
 机に置いてあった携帯電話がカタカタ震え出した。マナーモードにして置いたので、着メロは流れず、バイブ機能だけが使用されている。
 こんな時間に、誰からだろう? 由里っぺか、それとも萌っち?
 見覚えのない電話番号だな。なんーか、嫌な予感がするんだよな。……取らんとこ。

 OFF AIR

「お疲れ様でしたー!」
 ADの渡部が放送室に入って、マナミに烏龍茶が注がれている紙コップを手渡した。
「はーい、お疲れさん。ありがと」
 マナミは笑顔で紙コップを受け取って、そのまま口に運ぶ。
「マナミさん。今日の悩みの答え、凄い展開でしたね。とても僕には分かりませんでしたよ。てっきり、男子高校生のほうが彼女の事を好きだと思ってました」
 渡部は腰を低くしたまま、マナミに話し掛ける。
「あら、私もそう思うわよ」
 マナミは烏龍茶を飲みきって、空になった紙コップを渡部に差し出す。
「えっ、でも、放送ではそんな事言わなかったじゃないですか?」
 受け取った紙コップを室の片隅に置いてあるゴミ箱に、近付いて捨てる。
「だって今回の相談者、男性だったんだもの」
 そのセリフに渡部は動きを止める。
「はい? 女子高生だったじゃないですか、今日の相談者。もしかして偽名使ってたんですか?」
「ええ、そうだろうね。おそらく、前の席の男子の方がハガキを出したのよ」
「何でそんな事が分かるんスか? 聞いていて不審に思うことなんてなかったスよ」
「まず第一にハガキに書かれた字、女性にしては汚いのよね」
「…………確かに」
 テーブルの上に広げられたハガキの中から目当てのハガキを取り上げて、渡部は頷いた。
「第二に、悩みの内容。番組に出すほどの事もないと思わない? クラスメートに相談した方が的確だわね。ただ男子の方が出したとすれば、気持ちは分かるわ。自分が彼女からどういう風に思われているか、いずれ彼女がどういう態度に出るか、不安だったんじゃないかな」
「そりゃそうですけど、相談できるほどの友達がいないかもしれないじゃないですか。だったら、出してもおかしくないと思うんですけど」
「そうね。今まであげた事柄は確かに、根拠として薄弱ね。でもね、第三の理由があるのよ」
「どういう?」
「リクエスト曲が『Miracle Girl』であることよ」
「……よく意味が分からないんですけど」
「ひと昔もふた昔も前のヒット曲なんか、どの女子高生がリクエストするっているのよ」
「ああ、そういえば珍しいですよね」
「男子高校生が、女性の好みとして姉の趣味を反映したと考えれば納得いくと思わない?」
「でも女子高生が、お姉さんからの影響で気に入ったのかもしれないじゃないですか?」
「それはないわ」
「どうして?」
「渡部君、長男?」
「ええ。そうですけど、何か?」
「やっぱりね。いわゆる『下の子』の心理を、渡部君は知らないのよ。リクエスト曲というのは、その人の個人的に気に入っている曲よ。それが『おさがり』なんて許せる?」
「つまり、気持ち的に中古ということですか?」
 渡部の答えにマナミは頷く。
「私も次女だったから、気持ちは分かるわ。姉さんの『おさがり』なんて服だけで充分なのよ。私が小さい頃、アイドルだって、趣味だって、好物だって、わざと姉さんと外したもんだわ」
「へぇー。そんなもんスかね。……ちょっと待ってください。じゃ、オンエア中にマナミさんが出した答え。ヤバクないスか?」
「ええ、多分ハガキを出した男子高校生は、『彼女は俺のことが好きなんだ』って勘違いしていい気になってるわね。いい気味よ」
「……マナミさん」
「そこで最後の占いが響いてくるのよね、実は」
「もしかして、『少女趣味の野球部員』って……」
「そう、君の思ってる通り、ハガキを読まれた男子高校生のことを指してるわ。のりやすい性格ならば、そのまま彼女に告白するかもね。振られちゃって傷つきゃいいのよ」
「……マナミさん。頭良いのに、性格悪いっスね」
「ほっといてよ」
「もしかして、また崇史さんに浮気されたんスか?」
「そうなのよ。ちょっと聴いてくれる? 崇史のヤツさぁ、…………」
 それから、マナミの愚痴が続いた。渡部は立場上、辟易しながらも辛抱強く最後まで耳を傾けなければいけなかった。

   OFF AIR PART2

 次の放送の前準備の為、渡部はリスナーからのハガキの仕分けに励んでいる。
 頭の片隅に、先週の放送の余波で渡部の妹にちょっとした出来事が起きたことを思い出す。
 妹が、クラスメートに告白されたのだ。前の席に座る野球部の男子に。
 けんもほろろに断ったらしい。
 マナミさんのいいかげんな言葉や占いに翻弄される青少年のリスナーには、かわいそうな事をしたと渡部は思う。
 しかし、これも人生の勉強だと思っていただこう。社会で生きてゆくのは、学校でのぬるま湯のような生活とは訳が違うのだ。
 渡部は、次々とハガキを読んで判別してゆく。採用ハガキと没ハガキに。採用ハガキは後でもう一度、マナミさんの手で仕分けされて読まれることになるだろう。
 気になる一枚のハガキを見つけた。

「先週は、私のハガキを読んでくれてありがとうございました。マナミさんに今まで気付かなかった自分の気持ちを指摘されると、そうだったのかと納得してしまいました。そうです、私は前の席の男子が好きだったようです。流石、マナミさんですね。尊敬してしまいます。
 早速、マナミさんの忠告どおり、彼に告白しました。
 喜んでください。OKの返事、貰っちゃいました。
 これも、マナミさんとリクエストした曲『Miracle Girl』のおかげです。
 じつはこの曲、私の姉が初恋の人と付き合う切っ掛けになった縁起の良い曲なんです。
 だから、私もこの曲のことは気に入っているのです。
 マナミさん、私の些細な悩みに答えて下さって、本当にありがとうございました」

 渡部は、ジーンズのポケットから煙草を取り出し口にくわえ、火を点ける。
 結局のところ、マナミの推理は悉く外れていたのだ。
 女性でも、字の汚い人はいる。それが女子高生ならば尚更だろう。
 他人からとって些細な悩みに見えても、本人にとっては切実とした悩みでもあるのだ。
 『おさがり』を嫌う『下の子』でも、ジンクスを気にしたり他人の思い出を共有したいと思うに違いない。
 渡部は、煙草の煙を大きく吐いた。

 おそらくマナミはこのハガキを読んでも喜んでくれないだろうと、渡部は思う。
 渡部は煙草を灰皿に押し付け、そのハガキを没ハガキの山に付け加えた。

   第一話終り

next

web拍手