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進学校と名高い千代田高校が、陰でメガネ高校と揶揄されて呼ばれるのは生徒のメガネ使用率が高いからだと言われているが、実際は四割に満たない。では、残りの六割が裸眼かというと、そうではなく、ただ単にコンタクトレンズを使用しているに過ぎないのも、また事実である。
つまり、千代田高校の生徒会役員の全員がメガネを掛けているのは、ただ確率の問題に過ぎない。
根津が生徒会室に辿り着いた頃には、室内に他の役員は揃っていた。
テーブルの一番奥、窓を背にして座っているのが生徒会長の夏目。その手前の両サイドに副会長二人がテーブルを挟んで向かい合うように座っている。向かって左が布川、右が新実。そして布川の右隣、手前側に座っているのが会計の野々原。根津の指定席は、新実の左隣である。時々、テーブル入り口前の席には担当の教師が座ることもあるが、今は座っていない。
根津は鞄からファイルとルーズリーフ、ペンケースを取り出し自分の席に座った。
「みんな揃ったようなので、始める事にしようか。今日の議題は?」
夏目がみんなの顔を見回す。軽く咳払いをして、布川が口を開いた。
「清掃強化週間も終わり、近くこれといって校内行事はありません。ただ……」
「ただ?」
夏目が布川に微笑む。
「最近、校外が物騒です」
「それは同感だ。僕の知り合いも被害にあってる」
新実が同調した。
「それって、噂の『チョコ狩り』っていう、あれですか?」
野々原は、顔を突き出して尋ねる。夏目が応じた
「そうみたいだね」
チョコ狩り。千代田高校は、省略されて「チョコ」と呼ばれることも多い。またその進学率から近隣の他校から妬まれる事が多いことは否定できない。ゆえに、そういう一方的な害意を持って接近する者がいる。彼らの間では通称「チョコ狩り」と呼ばれる行為である。
夏目が、チラッと根津を見た。
「……根津君も、きのう被害に遭ったそうだね」
「……えぇ」
鼻先から滑らすようにメガネを押し上げて、答えた。一瞬、布川に視線を流しながら。
「ただ、いわゆる『チョコ狩り』というものかどうか判断はできません。ただカツアゲされそうになっただけですから」
『チョコ狩り』の特徴として、犯行者たちはあるモノを奪っていくことで共通していると聞く。千代田高校生のシンボルであるモノを。
メガネである。
「そうなんだよなぁ。メガネ奪っていくんだろぅ。だから僕も、わざわざメガネ掛けて危ない夜道を帰っているのに、誰も相手にしてくれないんだよ」
「え! だから新実先輩、最近パーティメガネ掛けてるんですか!?」
「そだよ」
驚愕した表情を見せた野々原に答えて、新実は嬉しそうに指先を舐めてプラスチックの髭の部分をなぞった。
その隣で根津は、左手で額を抱え込んで顔を振った。信じられない、馬鹿げてる。そう表現していいジェスチャだ。
「それに今まで、俺だけ生徒会でメガネレスで仲間はずれだったから、ちょうど良いかなと思って」
布川は新実から見られないように顔を隠してため息をついた。
「さて問題は、我々生徒会は何をすべきか、ということだ」
夏目は両肘をテーブルについて手を組んだ。
「問題の早期解決を目指すべきです」
新実は笑みを崩さずに発言した。他の生徒会役員が彼の本意に気付かないわけがなかった。それでも夏目は続けた
「どうやってですか? 新実君」
「それらしい不良君見つけたら即、数の暴力で退治する。なんてのはどうです?」
「間違っていたら?」
「チョコに危ない奴らがいるって噂になって、チョコに手出す奴がいなくなるんじゃない」
「お礼参りされる可能性のほうが高いと思われます」
新実の調子の良い発言を、布川が切り捨てた。
「布川さんの言う通りかもね」
新実は軽く両手を上げて降参の仕草を見せた。新実は引き際を心得ていた。ダテに生徒会役員に選ばれていない。
「他には? ……根津君、意見ない?」
夏目が根津に訊いた。
「そうですね。傾向と対策を知るべきではないでしょうか?」
「というと?」
「今まで被害に遭った方に詳しく聞けば、被害に遭わないようにするにはどうすれば良いかが分かると思います」
手で口元を隠していたが、夏目が薄く笑ったのに根津が気付いた。
「おかしいですか?」
「失礼。気付かせるつもりはなかったのだが」
「なにか間違ったこと言いましたか?」
夏目が横目で布川を見ると、彼女は軽く頷いた。夏目は、前のめりになっていた姿勢を後ろに戻した。
「根本的に間違っている」
「何処がですか?」
「我々は、生徒の被害をなくす為に力を尽くしているわけではないんだ。危機管理意識の薄いバカが被害に遭おうとも、俺はちっとも心が痛まない」
「……じゃ、何のために生徒会に」
「内申書の為だ」
「それは嘘です」
「あぁ、嘘だ」
千代田高校内で、一つの定説がある、『生徒会に入ると志望校が下がる』と。つまり、生徒会での活動時間を勉強時間に当てた方が、より偏差値の高い大学に受かるということだ。
「今のうちに、組織というものを上から見下ろしたくてね。まぁ社会勉強の一環だ」
夏目の将来の先を見据えた大胆な台詞に、根津は言葉を失った。
「とはいえ、せっかくの地位だ。任期中に問題を放置したなどと、履歴に傷は付けたくない」
「では、どうしますか」
布川が訊ねる。
「次の生徒会広報紙には『チョコ狩り』の概要と、次の注意勧告を付け加えてください」
夏目は根津に笑いかけながら言い放った。
「気をつけて帰ること。以上」
その日の生徒会は終了となった。
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