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極ありふれた幹線道路沿いにある公園のトイレ裏で不良高校生三人が一人の高校生を取り囲んでいた。
「いやです。どいてください」
囲まれていたメガネの掛けた背が小さい高校生が、毅然とした態度で不良たちを押しのけようとした。
「なぁ、ちょっとで良いんだよ。ほんの千円だ」
不良の一人は、その突き出された手を掴み上げてトイレの壁に押し付け、せせら笑った。
「そうそう、千円ぐらいあるだろう。哀れな俺たちに恵んでくれよぅ」
「これから毎日な」
不良たちは声を合わせて高笑いを始めた。
「おまえ、千代高(ちよこう)の生徒だろ? この辺じゃピカイチの進学校だ。将来は、……ほら、なんて言ったっけ? テレビで『税金を貪り喰う』とかなんとか」
「それは、かん、かんりゅう、かんりょう、……官僚だ」
「そう、その官僚だ。おまえみたいのが将来、官僚とかになって税金を無駄遣いするんだろ? そのほんの少しを俺たちに返してくれればいいんだよ。前払いでな」
「そりゃ、いい! オマエ冴えてる。俺たち正義の味方だ」
不良たちが、小さな高校生を中心にして再び笑い声を上げた。
「ボクの将来の夢は国家公務員じゃありません。教師です」
少年は、ずれたメガネを中指で押し上げ、不良たちに告げた。
不良たちは顔を見合わせて、大袈裟にため息をつく真似をした。
「あーあ、そりゃ、残念」
「しかし、それはそれで俺たちは構わないな」
「ああ、現代教育の被害者である俺たちに対して、未来の教師としてお前は詫びの一つくらい言うべきだろ」
「そうそう、頭を地面にこすりつけるぐらいにな」
不良たちの一人が、メガネの少年の頭を鷲掴みし、上から押しつぶすように力を込めた。
「さぁさぁ、はやく土下座しろよ」
「その誠意しだいでは、金で許してやるって言ってるんだよ」
「俺たちは優しいからね」
頭を掴んでいる不良の両脇から、二人の不良が少年に近づいて膝に蹴りをいれたり脇腹を殴ったりして、なんとか少年を膝まつかせようとした。
しかし、少年は決して膝を折ろうとしなかった。
「そんな詭弁でボクからカツアゲしようとしても、無駄ですよ。ボクは決して君たちに従わない」
そして少年は不良たちに向かってきっぱりと言い放った。
その少年の態度に不良の一人が不快感をあらわにした。
「こいつ、うぜぇ。もう飽きた」
他の不良二人を遠ざけさせると少年の胸倉を掴み、顔を力任せに殴った。少年は、その威力で地に倒れ、メガネが吹き飛んだ。
「早くぼこって、サイフだけ頂いちまおう」
殴ったこぶしをブラブラさせながら他の二人に言った。
「そうだな、どこかのおせっかいが警察呼んでるかもしれないからな」
「お遊びはお終い、と。何処のファミレスにする?」
「こいつのサイフに訊いてくれよ」
少年は殴られた頬を撫でながら立ちあがった。
「おお、こいつまだ刃向かう気だぜ」
「メガネなしで喧嘩できるのか、おい」
不良の一人が落ちたメガネを拾い、自らメガネをかけた。
「んだ、これ? 度が入ってねぇじゃねぇか。ダテかよ!」
メガネを掛けたり外したりして、不良が声を張り上げた。
「……ぇせよ」
少年が呟いた。顔を上げていない所為で不良たちまではっきりとした言葉が届かなかった。
「なんだって? 聞こえねぇよ」
不良の一人が、少年に向かって怒鳴った。
「返せよ。俺のメガネ」
少年が左手を突き出す。
「欲しかったら、腕ずくで取ってみな」
不良は少年をからかう様に、メガネを掲げた。
「わかった」
突然、メガネを持った不良が後ろに吹き飛び、少年は右足を蹴り上げたポーズで静止していた。右手に自分のメガネを持って。
吹き飛んだ不良は、倒れた姿勢のまま動こうとしない。
残りの二人の不良は、目の前の光景が信じられないのか、動こうとしない。
少年は、緩慢な動きで蹴り足を戻し、メガネを学生服の胸ポケットにしまい、学生服の襟ホックと上からボタンを二つ外す。
「俺は目つきが悪いからメガネ掛けてんの。ケンカにメガネなんか掛けるかよ」
少年はズボンの土ぼこりをはたき終わると、未だに状況の変化についていけない残りの不良たちを睨みつけた。
「てめぇらの行き先は、ファミレスじゃなくて救急病院だ」
少年は危険な目つきで笑いかけた。
*
「千代田高校生徒会書記ともあろうモノが、ケンカですか。根津くん」
学生鞄を肩に担いで公園から歩道に出た少年は、突然背後から声を掛けられた。少年が振り返ると、メガネをかけたセーラー服の少女が立っていた。
「……なんだ、布川先輩か。ん、まぁ、千代田高校生徒会副会長がノゾキをするくらいだからな、書記がケンカしてもたいしたことねぇだろ」
布川と呼ばれた少女は、冷たく尖ったメガネを押し上げながら反論する。
「目撃したのは偶然ですよ」
少年は少女の言い分を鼻で笑って、胸ポケットからメガネを取り出し掛ける。
「俺だって好きでケンカしたわけじゃない、あいつらが……絡んでくるんだから仕方ないじゃないですか。ボクの座右の銘は『平和主義』ですよ、布川先輩」
メガネのズレが気になるのか、少年はメガネの柄を持って位置を調節した。
「いつ見ても、面白いわね、根津くんが変身するところ」
少女が手で口を隠し軽く笑った。少年は学生服のボタンやフックを留めながら眉間にしわを寄せる。
「変身って、……。いつもメガネを掛けているから、外すと少し落ち着きがなくなるくらいですよ。性格が変わるわけじゃないし」
「……自覚がないのね」
下を向いて少女が呟いた。
「何か言いました? 先輩」
「いいえ」
「それに、先輩こそメガネ取ったら……」
「何か言いたいことがあるのかしら? 根津くん」
「……ありません」
少年と少女は肩を並べて歩き出し、公園から離れた。
公園のトイレの陰には、不良学生三人が倒れている。
善意の市民に発見されるまでには、少し時間がかかりそうだ。
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