創作小説

   黒鴉将軍コルヴィヌス外伝 盗賊と紋章

   5.

「何をする!?」
 エルネストの思いもよらない行動に、ジェラルドは虚をつかれて声を荒げる。
「このような旗を、クレール達に見せる訳には、いかないんだよ」
 ジェラルドに対して、エルネストは冷たい笑みを浮かべた。ジェラルドは、その薄気味悪さに少し後退する。
「貴様、何者だ? タリムーラの者ではないのか。貴様は、どれだけ重大な事をしでかしたのか分かっているのか。その旗を無傷で手に入れれば、カルディーナ帝国との外交が有利になるというのに」
「重大? そうだな、重大だ。ヘタをすると戦争の引き鉄にもなりかねん代物だ」
 焚き火の炎に纏われて、次第に強く燃えてゆく旗を横目で見ながら、エルネストは言葉を重ねる。
「なんとも巧妙な事だ。カルディーナ帝国の旗に酷似したモノを作らせるとはな」
「……何が言いたい? それは正真正銘、カルディーナ王家の旗だ」
「違うな」
 エルネストは、ジェラルドのセリフをバッサリと否定した。
「バカな事を言うな。貴様のような他国の下っ端役人ごときに、一目見ただけで判断できることではない」
 ジェラルドは、真っ向から反論する。
「俺は、タリムーラの客人でね。出身は一応、帝国なのさ。腐るほど間近で見て来たからな。一目見れば、この旗が精巧に作られた偽物だと簡単に分かる」
 エルネストは、剣先で未だに燃えている旗の一部を突付きながら話を続ける。
「なるほど楯の意匠は確かに合っている。しかしだ、帝国の大紋章では、赤地に黒色の大鷲の楯を二匹の獣が支えている。獅子と竜だ。ここが違うんだよ、ここが」
「何を言うか。この旗にも獅子と竜が描かれていたぞ」
 エルネストは、ジェラルドの言葉を聞いても笑みを崩さない。
「竜は竜でも、二本足だったな。本物は」
 エルネストは、再び剣先で旗を、未だ燃えていない部分を突付く。そこには楯を支える竜が描かれていた、四本足の竜が。
「これで頑固なお前にも分かるだろ。偽物なのさ、この旗は。このような胡散臭い旗を外交で使うような愚行は、タリムーラにさせたくないんでね」
 ジェラルドは、喉が詰まった様な声をあげた。
「もちろん、俺がでしゃばった真似をしなくても、タリムーラ公国正式の紋章官が気付いてくれただろうよ。買収さえされていなければ、な」
 おそらく紋章官は買収されているだろうと、エルネストは心の奥底で確信していた。小さな躓きさえも許されないほど遠大な計画である事は、間違いないのだから。
 常に帝国は、公国領土に執着を見せていて隙あらば奪おうとしているのが実情である。軍事力だけ鑑みれば、小国であるタリムーラ公国は、帝国の半分にも及ばないであろう。それでも帝国が公国侵略を自重しているのは、公国の向こう側に連合国家フォンサリスの存在を忘れていないからである。フォンサリスは、帝国と同様もしくはそれをも上回るほどの軍事力を携えている。帝国が公国に対して食指を伸ばせば、必ず連合国家が横槍を入れてくるのが、慣例になりつつある。
 しかし帝国が、公国に対して宣戦布告の大義名分を持っているとなると話は違ってくる。
 はたしてこの旗を利用して、カルディーナ帝国に恩を売ろうとしたらどうなっていた事だろうか。汚名を被せられた、名誉を傷つけられたとカルディーナ帝国は戦争を仕掛けてくる事も考えられる。最終的には、やはり帝国に対しフォンサリスが妨害しにくるとしても、対処に移るまでのタイムラグが生じてしまうのは否めない。その間に、できるだけ領土を拡大しておこうというのがカルディーナ帝国の計略であろう。

 もはや言葉も出ないジェラルドに対して、エルネストは次の一言を付け加えた。
「ここまでくると、ただの盗賊が仕組んだ事でない事が自ずと分かる。由緒正しき血の者が絡んでいるな。お前、帝国騎士なんだろう?」
「なにを根拠に、バカな事を。俺はただ、あぶく銭を手に入れる為に、この盗賊達を利用した詐欺師まがいの男でしかない」
「そう言えと、命令されたのか? 悪いが、リッカルドの手には乗れないんだよ」
「何故、知っておる! リッカルド様が仕組んだ事を」
 ジェラルドは動揺のあまり、自ら旗が偽物である事を認めたことに気付く余裕もない。エルネストは、ジェラルドの動揺を楽しむように説明を始める。
「現カルディーナ皇帝、ピエトロ十四世は苛烈な性質をもっておるが、このような姑息で婉曲な事は好まない質だ。だとしたら企むのは、皇太子のリッカルドの奴に決まっている」
 ジェラルドは、エルネストの言葉に暫し絶句するが、気を取り戻し言葉を発する。
「皇太子様を呼び捨てにするなど、無礼極まりない。……貴様、何者だ!?」
 ジェラルドは、エルネストを直視し再び問い質した。
 エルネストは、ため息交じりに答える。
「犬の世話係さ」
「ふざけるな!」
「本当のことさ。でもその事はお前にとって、どうでもいい事だ。今はそれどころではないな。さて、今でもおとなしく縛につくと言うのかい?」
 エルネストの言葉に、すかさずジェラルドは剣を拾った。
「やはり、抵抗するのか。無益な血など流したくないんだがな」
 エルネストは、改めて剣先をジェラルドに向けた。
「ここでは狭すぎる。外に出ろ」

 小屋から出て、二人は対峙した。
 ジェラルドは剣を振りあげエルネストに向かって突進してくる。エルネストは軽くいなして、突進してくるジェラルドをかわす。勢いをうまく避けられて、ジェラルドはたたらを踏みながらも振り返る。ジェラルドとエルネストは、再び対峙する。
 今度は、エルネストから仕掛ける。フェイントを織り交ぜながらの剣撃。ジェラルドは辛うじて剣で受けて防ぎきる。ジェラルドは口を開いた。
「どうやら卑しき身分の者ではないようだな。貴様の剣術は野盗のような我流ではなく、カルディーナの流儀が滲み出ておる」
 エルネストは、含み笑いを浮かべる。
「お前こそ、そこそこの身分のようだ。このような使い捨ての役柄を押し付けられるような男には思えないが」
「リッカルド様の期待に応える為ならば、喜んで北に旅立ってみせよう」
 ジェラルドの言葉にエルネストは、冷たい表情を見せる。
「……バカが。あの男の本性も知らないで……」
「リッカルド様を侮辱する事は、許さない!」
 ジェラルドは激怒して、再びエルネストに突進してくる。今度は、剣先を向けたまま迫ってくる。エルネストは素早く剣で受けて勢いを逸らし、反す剣で横腹を薙ぐ。また体も反転させて突進を避けながらも足先だけは残し、ジェラルドの足を引っ掛けた。たまらずジェラルドは横転する。
 ジェラルドは気丈にも仰向けに倒れた体勢から、素早く傷ついた体を起こそうと試みるが、エルネストの剣先が喉元に突きつけられていた。
「降参するかい?」
「……ひとおもいに、やれ! 覚悟はできておる」
 エルネストは頷き、ジェラルドに対して剣を振り落とそうとする。
 その時、エルネストに全身を覆うような苦痛が襲った。

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