創作小説

   黒鴉将軍コルヴィヌス外伝 盗賊と紋章

   6.

 エルネストは、原因不明の奇病を患っていた。そもそも、クレール姫に救われるはめに陥ったのも、この持病の所為である。
 不定期に、何の前触れも無く突然エルネストの全身を苦痛が襲うのである。こればかりは気丈なエルネストも、抵抗できずに地に倒れ伏す。剣を握る力も失せ、呻き声をあげるのみ。
 いつもならば、携帯している薬を飲んで対処するのであるが、今は状況が悪かった。
 そのようなエルネストの容態を黙って見過ごす相手ではない。ジェラルドは傷ついた横腹を抑えながら、剣を支えにして立ち上がった。
「何事か分からぬが、我が悪運は尽きてはおらぬようだ。帝国にとって、貴様は危険すぎる。何者かは知れぬが、もはやどうでもいい。ここで屍になって北に旅立つが良かろう」
 ジェラルドは、剣を振り上げた。
 その時、森の中から大気を裂いて矢が飛来する。見事、矢はジェラルドの振り上げた右手の二の腕に刺さり、ジェラルドは剣を落とした。

「今じゃ! 一人残らず引っ捕らえよ!」
 クレールの号令に、森の陰から十数名の兵士が山小屋に殺到する。
 キケロが、彼女らをここまで連れてきたのだった。エルネストの単独行動を黙ったまま見逃すクレールではない。エルネストの行動を、遠くからではあるが見張っていたのだ。森の奥深く入った時には、気付かれないように後を追うのは容易ではない為、途中で待機していたが、そこへご主人様の匂いに気付いたのであろうキケロが近付いてきたのだった。

 右手に矢が刺さったジェラルドは、迫り来るタリムーラ公国の紋章を付けた兵士の数を確認して、独力で対抗することを諦めて、呟いた。
「もはやこれまでか」
 ジェラルドは懐中から短剣を取り出し、躊躇わずに首に押し当てる。ジェラルドの首から一気に血が溢れ出た。クレールらが止める間もなく、ジェラルドは息絶えた。
 捕らわれるより自ら死を選んだジェラルドの背負った責任の重さを知っていたのは、おそらくエルネストだけであろう。
 他の盗賊は、おとなしく縛についた。まだ嫌酒剤の効果が切れておらず抵抗できなかったというのが事実である。

「おぬしの力も、たいした事ないのぉ」
 地面に寝そべって苦痛に耐えているエルネストに対して、上から見下ろすようにクレールが言葉を投げかける。
 薬をようやく口に含むことができ、少しではあるが落ち着いたエルネストが口を開く。
「面目ない。助かりました。やはり俺一人の力では、到底敵いませんでした」
 口では情けない言葉を吐きながら、エルネストはクレールがいつから見ていたのかを探った。
「おぬしはキケロの世話役なのだから、でしゃばった真似などせんでもよいのじゃ。コレに懲りて、しばらくはおとなしくしておくのじゃな」
 クレールは、ふんと鼻息荒く答える。実はクレールは副頭目とエルネストの剣技の一部始終を確りと見ていた。しかし今のエルネストの態度から、自らの実力を隠しておきたいらしいということが読み取れたので、知らぬ顔をしておいた。
 そのほうが楽と思うのならば、お望みどおりにしてやろうと、クレールは譲ったのである。そんな態度を見せるご主人様の足元でキケロは、大きな欠伸をして眠たそうにしていた。
 エルネストは体中の力を抜いて、深くため息をつく。
「そうですね。まだまだ俺の出る幕ではなさそうです」


 終 − 付記


 事実、エルネストはタリムーラ国王ヴィクトール二世が亡くなるまで、表立った行動にでようとはしなかった。エルネストが表舞台に立ち、黒鴉将軍コルヴィヌスと世に知られるには、まだあと二年の歳月が必要となる。

 後世に書かれた『コルヴィヌス伝』では、勇敢果敢にも独りで盗賊のアジトに乗り込み一網打尽にした、とだけ書かれている。

To be the continued.

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