放課後、教室を出ると廊下に、新実がパーティメガネを付けて立っていた。
「今日は会議はないですよね?」
「ああ、でも君を待ってたんだよ」
「何のようですか?」
 根津は、この先輩が苦手だった。いや、根津には、生徒会役員である者全て、苦手だと思っていない者はいなかった。
「まぁ、歩きながら話そうか。時間もないから」
 新実は、根津を連れて昇降口へと向かった。
「新実先輩は、今日も部活ですか」
「そだよ。君は部活動に所属してなかったかな。どうだい今からでも? わが剣道部は君を歓迎するよ」
「……遠慮しておきます」
「そうか、残念だな。こってり絞ってやったのに」
 根津は、新実に顔を向けた。
「何が言いたいんです?」
「ズバリ、君、欲求不満でしょ」
「……違います」
 根津の答えに、新実は口元に笑みを浮かべて根津の肩を叩いた。
「なら、どうして昨日もやらかした?」
「何をです?」
「チョコ狩りを退治したよね」
「してませんよ」
 根津はきっぱりと否定した。しかし新実は、根津の持つ鞄にゆっくり視線を移した。
「……今は、鞄にキーホルダーしてないね。たしかボーリングだったか、ビリヤードだったか」
「…………」
「僕もそれなりの連絡網を持ってるんだよ、会長ほどじゃないけどね。校内であれほど目立つ人探しをしておいて、気付かないわけがないでしょ」

 保健室の前を通る。掲示板には、保健委員会が発行する会報のポスターや、『NO LIFE , NO MEGANE』と書かれた学校指定の眼科兼眼鏡屋さんの広告、または視力回復手術の広告などが貼られている。
 三人ほど連れ添った女子生徒とすれ違う際、女子生徒たちは新実に話しかけた。
「新実先輩、そのメガネどうしたんですか?」
「面白いだろう」
「えーっ! ぜっっったい似合いません」
「新実先輩のキャラにあわない」
「そうか、じゃ外そうかな」
 新実はパーティメガネを外して、温厚そうな目を晒した。
 女子生徒たちは、笑いあいながら去っていく。

 女子生徒たちを見送ると、新実は声を低くして根津に話しかけた。一瞬にして、温厚そうな印象が裏返った。
「暴力に対して暴力で対抗しても、何も解決しないよ」
「……分かってます」
「女子生徒を救う為とはいえ、他にも手段は残っていたんじゃないかな」
「……今から考えれば、そうかもしれません」
「君は夏目に対してわだかまりをもってるかもしれないが、嫌わないでやってくれよ。あいつは殊更にヒールぶる悪癖があるんだよ」
「…………」
「夏目も、それなりに考えて最善の選択をしているんだ」
「あれはただの日和見主義です」
 根津は強く反発した。
「……根津くん。ただの日和見主義者が生徒会長になれるほど、うちの生徒会はヤワじゃないよ。君も噂には聞いているだろ? どうやって夏目の奴が生徒会会長の座を奪い取ったのかを」
 新実の決して軽くない問いかけに、根津は黙り込んだ。

 今年度の千代田高校生徒会選挙で、前期で生徒会会計を担っていた有力候補だった生徒と、夏目は生徒会会長の座を争っていた。
 通常、生徒会の仕事は人気がなく、殆どの場合、教師の半ば強制的な推薦のもと立候補を一人がし、全校生徒の信任投票で決まる。一年生が会計と書記を担い、二年生が会長と副会長が担うことが恒例で、効率化を推し進めた結果、任期は秋から夏にかけての一年間となっていた。また暗黙の了解として、一年の時に会計か書記を行った者が会長に立候補するのが慣習となっていた。
 そこに夏目が立候補した。彼は一年生の時、生徒会に関ってはいない。異例中の異例。教師たちはそれとなく辞退を勧めたが、夏目は断固拒否し、そこに教師&生徒会側と夏目側の対立図式が発生した。
 教師という権力を傘下においている前生徒会側の立候補者は、登校時の校門での挨拶などの最低限以上の選挙活動を行わなかった。
 しかし、夏目は違った。あらゆる手段を使った。

 夏目が過半数以上の信任を集めたアンケートの結果を載せたチラシの配布。前生徒会が生徒たちに対して具体的な貢献を何一つしていないことを口コミで広めさせ、なおかつ「教師の従順な犬」といったニュアンスをも含ませた。
 相手のイメージを落とし、自分の力を誇大に見せる為になら何でもやった、当時「夏目が校舎を五センチ浮かしてみせると言ったら、生徒たちは皆、疑わずに信じただろう」と言われている。
 選挙の結果は、火を見るよりも明らかだった。
 そして現生徒会会長、夏目が誕生した。

 昇降口で靴を履き替えて、新実を外で待った。新実が昇降口から出てくると、根津はメガネを右手中指で押し上げた。
「なら、なおさらです。その能力で何故今回の件を解決しようとしないのか」
「自分の任務中に起きた事件だ。なるべく穏便に事を済ませようとしているだけだ。動いてないわけじゃない」
 根津は武道場へと向かう。しかたなく根津も付いて行った。
「それでも、依然として『チョコ狩り』の被害が続いてるんですよ」
「かもしれないな。……でも、こないだの君の提案には僕も、二つの点から反対だ」
「どうしてですか?」
「僕たちは、警察じゃない。被害者の辛い記憶を引き出して、再び嫌な思いをさせてしまう。僕たちにそんな権限はないよ」
「……」
「それに、『チョコ狩り』をしている奴らは不特定多数だ。こちらで傾向と対策なんて、たてられようがない。無理やりこちらで作り上げた所で、もしもその通りに行動した生徒が被害にあったら、どうする? 生徒たちは生徒会を責めるだろう。そんな危ない橋は渡れないね」
「…………」
「考えが足りないとは言わない。ただあらゆる局面、状況と言うものを考慮してからモノを言って欲しい。我が生徒会に無能者は不要だ」
「それでも、僕は他の方法を知らないし、できない」
「だから、剣道部に入れよ。鍛えなおしてやるから。痛い目に遭わなければ、お前も懲りなそうだしな」
 武道場が近づいてきた。新実は根津の頭を軽く叩いてから、背を向けて手を振りながら小走りで去っていった。
 取り残された根津は、よけい新見が苦手になった。

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