創作小説
黒鴉将軍コルヴィヌス外伝 盗賊と紋章
2.
盗賊というものは大概、義賊を名乗る。
クレールの語る盗賊もその例から外れなかった。
ただ恐れ多い事にその盗賊の頭目は、皇帝の庶子を名乗っているらしい。
「神のものは神のもとに、皇帝のものは皇帝のもとに」
そう叫んでは、略奪しているようだ。
盗賊は主張する。
収穫した穀物や果実、また職人が作り上げた名芸品など、全て神の恵みのもとに生産されたもの。神に返されるべきもの。しかし、人の地に神は現れない。なぜなら神の子たるカルディーナ皇帝が全てを任されているからである。故にそれらのもの全て、皇帝の所有されるべきものだ。だから、それらを皇帝の庶子を頭目に担ぐ我等が代わりに徴収しているに過ぎない。住民も人としての義務を果たせと。
盗賊はその証拠に、旗を掲げている。
赤い下地の楯に描かれた黒い大鷲の紋章を。歴代のカルディーナ皇帝が受け継いできた紋章である。
現在、この紋章を掲げる事が許されているのはただ一人。
カルディーナ王家の当主であり、帝国の皇帝であるピエトロ十五世その人である。
それゆえ盗賊が掲げている旗は、それを真似ているにすぎないと言われているのだが。
クレールの声に耳を傾けていたエルネストは、その話が終わると口を開いた。
「その紋章にバトンは描かれていたのですか?」
バトンとは楯の図柄を遮るようにひかれた斜め帯のこと。このバトンが、庶子を現す。
当然、盗賊の頭目が主張するように庶子であるのならば描かれていなければならない。
大きく頷くクレールに、腕を組んで悩むエルネスト。
「偽造である……筈はないか」
そもそも盗賊が紋章を偽造できる道理がない。
理由の一つに、紋章をしかと確認する機会がない。紋章は常に掲げられているが、間近で見れば誰でもその複雑さに唸るはずである。その為、紋章旗専門の技術者もいる。それは貴族相手で成り立つ商売であるので、胡散臭い盗賊など相手にされない。かといって我流で作り上げる事は不可能である。紋章とは暗黙の決まり事が限りないほど存在する。やはり盗賊の知りうる次元ではないのだ。
では、盗賊らしくカルディーナ皇帝の手元から盗み出したのか?
これも否である。
盗賊ならばもっと即物的なモノを狙うだろう。またその方が容易く利益も大きい。紋章の描かれた旗を盗まれるなど、貴族にとって死に値する屈辱であり、万全の保安体制をとっている。盗賊にとってそれを盗む行為など百害あって一利なしである。
つまり、大鷲の紋章を掲げる盗賊の頭目が、カルディーナ皇帝の庶子であると誇示している事に、鼻先で笑う事はできない。貴族であれば、尚更である。少なくとも、カルディーナ皇帝と何らかの関わりがあることは否定できない。
また肝心のカルディーナ王家の庶子であるが、公式上の記録でも該当する者が存在する。
『行方知らずの王子』と呼ばれる庶子の第二王子が、それである。今から十年以上も前、当時五歳であった第二王子が、王族や貴族との諍いの末、産みの親と共に出奔しているのである。
盗賊の頭目は、自分がその第二王子であるとそう自称しているのだ。
そこで、カルディーナ帝国とは比較にならないほど小国のタリムーラ公国としては、大鷲の旗を掲げる盗賊一味に慎重な態度をとらざるを得ない。カルディーナ帝国の面子を潰さないように、配慮をして退治しなければいけない。
しかし、ようは考えようである。その対応によっては帝国に貸しをつくる事になり、公国にとって有利に働く絶好の機会である。
「盗賊の頭目を捕らえ、その旗を完全な状態で手に入れることが出来たならば、カルディーナ帝国との外交が有利になるのは、間違いないのじゃ」
クレールはそう話を締め括った。
「一度、その旗を近くで確認する事が出来たらなぁ」
なにやら考え事をして洩らしたエルネストの呟きに、クレールは眉をひそめる。
紋章は原則として個人を現す。一人一人が異なった紋章を持つ。親子、兄弟であってもその例外を免れない。家系を現す紋章を微妙に変化させて対応いるのだ。その為、限りない数の種類の紋章が氾濫している。どの国も紋章承認省を設置しているほどだ。そうでもしない限り、知らないうちに同じ紋章が二つ以上発生することもありえる。庶民にとっては馬鹿げた事だが、貴族にとっては家の名誉と同様に自らの命以上に大切なものなのである。
勿論亡くなったあと、跡取に同じ紋章を受け継がせる事は可能である。帝国カルディーナ王家はそうして千年の長き間、王達は同じ紋章を背負って君臨してきた。
つまり、全ての紋章を知り尽くしているか、一晩どころか一ヶ月の時間をかけて記録と照らし合わせでもしない限り、紋章に関しては確実に判断できないのだ。
だからこそクレール達、タリムーラ公国の中枢を担う者たちはできるだけ無傷でその旗を手に入れたがっている。
未だ正体が不明とはいえ、この目の前の大柄な若者が一目見たところでわかるはずがないと、クレールはエルネストの考えを切り捨てた。
クレールは現タリムーラ公国々王ヴィクトール二世の一人娘なので、将来は公国を背負うことが宿命づけられている。そのような宿命の下で生まれ育ったクレールには、自分の感情とは、また別のところで考える癖が既になされていた。帝王学の根本とは、物事を一つ一つを切り離して考え、再び結合させる事であると教えられた。その為には、思考を清潔に保つ必要がある。そして感情は常に穢れやすい。だからこそ自らを含めた身近な者達を客観視しうる能力が極めて重要である。
なぜならばクレールは王のただ一人の娘であり、未来の女王なのだから。
たとえ目の前の男を、クレールが個人的に気に入っていても、必要以上に頼る事はしない。今とて、暇潰しの世間話でしかないのだ。一介の犬の世話役に、何を頼る事が出来よう。クレールは、腕を組んで真剣になって考えているエルネストが少し哀れに思えた。
そのようにクレールが評価しているのも知らず、エルネストは一人結論を出すと、クレールに一言告げた。
「よし俺一人でその盗賊一味を残らず捕らえてやろう。そうすれば旗もじっくり確認する事が出来るに違いない」
クレールは呆れて何も言う気にはなれなかった。
勿論、地方官吏がちゃんとこの盗賊を捕らえようと努力しているのだ。それに少し経てば、本格的に軍隊を動かしてでも討伐するつもりである。
未だ芳しい結果を出してはいないが、それでもクレールは臣下を信頼している。
ゆえにエルネストの軽口は、クレールの好むものではなかった。
クレールの顔色からどう思われたのか読み取ったのだろう、エルネストは軽く片目を瞑ると微笑んだ。
「誰も正攻法で、盗賊を捕らえるとは言ってない。だが俺一人ならば無茶な事も出来るんでね」
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